先日、ふとテレビをつけていると、保護猫活動を特集した番組が流れていました。小さな命を必死に繋ごうとするボランティアさんの姿を見て、北海道の長い冬を過ごす私の胸に、熱いものが込み上げてきました。
「あぁ、そういえば私にも、こんな日々があったな……」
私は現在、小学2年生の娘を育てるママですが、以前は動物看護師として動物病院に勤務していました。その現場では、時折「親のいない子猫」が運び込まれてくることがあります。
今回は、テレビを見て懐かしく思い出した、動物病院スタッフ総出で行った「子猫のリレー育児」の思い出を綴ります。ミルクを急いで買いに走った焦りや、なかなか飲んでくれない不安、そして私の愛犬がまさかの「母性」を発揮してくれた奇跡のようなエピソード。
元動物看護師としての経験と、一人の飼い主としての実体験を交えながら、小さな命と向き合うことの難しさと尊さをお伝えできればと思います。これから保護猫を迎えたいと考えている方や、今まさに子猫のケアに奮闘している方の励みになれば幸いです。
突然やってくる「小さな命」と現場のリアル
動物病院の日常は、予約された診察や手術だけではありません。時として、予期せぬ緊急事態が飛び込んできます。その中でも、スタッフ全員が色めき立ち、そして覚悟を決める瞬間……それが「乳飲み子の保護猫」が来院した時です。
段ボール箱に入れられた子猫たちと、緊急の買い出し
ある日の午後、受付が慌ただしくなりました。優しいご近所の方が「道端で鳴いていたから」と、段ボール箱に入った数匹の子猫を連れてきてくださったのです。
箱の中を覗くと、まだ目も開いているかいないかの、へその緒がついた状態の小さな子猫たちが数匹、身を寄せ合ってミーミーと鳴いていました。母猫の姿は見当たらず、このままでは低体温症や脱水で命に関わります。
保護された方も、まさか自分が育てるとは思っておらず、手元には何もありません。「とにかく病院ならなんとかなると思って」という一心で連れてこられたのです。
病院には成猫用のフードや療法食は常備していますが、生まれたばかりの子猫用の粉ミルクや哺乳瓶のストックが、その時は偶然切れていました。「これはまずい!」と、スタッフが看護衣のまま財布を掴み、近所のペットショップへ猛ダッシュしました。
「子猫用ミルク、それから一番小さい吸い口の哺乳瓶!あと保温用のカイロも!」
息を切らして病院に戻り、すぐにお湯を沸かしてミルクを作る。あの時の緊張感と、手のひらに収まる命の温かさは、今でも鮮明に覚えています。
スタッフ総出の「育児リレー」がスタート
さて、問題はここからです。入院室で管理できれば良いのですが、夜間無人になる動物病院では、2〜3時間おきの授乳が必要な乳飲み子を置いておくことはできません。
そこで始まったのが、スタッフによる「持ち回り育児」です。
「今日の夜は私が連れて帰ります!」
「じゃあ明日の夜は私が担当するね」
「週末は院長にお願いしましょう」
このようにシフトを組み、仕事が終わるとキャリーケースに子猫とミルクセットを詰め込み、自宅へ連れ帰るのです。
当時、私はまだ子育て未経験(+犬と猫2匹)でしたが、この時期ばかりは「育児中のママ」のような生活でした。夜中に目覚ましをかけ、飼い猫に見つからないように、こっそり起きてミルクを作り、排泄をさせ、温めて寝かしつける。そして翌朝、寝不足の目をこすりながら子猫と共に「出勤」する。
まさに、スタッフ全員が親代わりとなって繋ぐ、命のリレーでした。
教科書通りにはいかない「人工哺育」の難しさ

動物看護師として知識はあっても、実際の「母親代わり」は想像以上に過酷で繊細な作業でした。人間の赤ちゃんと同じ、いえ、それ以上に個体差が激しく、マニュアル通りにはいかないことの連続です。
「飲む子」と「飲まない子」の大きな差
数匹の兄弟であっても、性格や体調は全く異なります。
哺乳瓶の乳首を口に入れた瞬間、チュパチュパと力強く吸い付き、あっという間にお腹をパンパンにして眠る「優等生」もいれば、何度試しても口を頑なに開けない子もいます。
「お願い、飲んで……!」
深夜のリビングで、そう祈るように声をかけたことも一度や二度ではありません。
飲まない原因は様々です。
・ミルクの温度が気に入らない(母乳より少しでもぬるいと飲まない子がいます)
・乳首のゴムの匂いが嫌い
・そもそも体調が悪く、吸う力がない
・ミルクの種類(成分)が体に合っていない
特に、市販の粉ミルクが合わずに下痢をしてしまう子や、先天的に体が弱く、吸う力そのものが弱い子のケアは神経を使いました。スポイトや注射器で一滴ずつ口に垂らし、誤嚥(ごえん:気管に入ってしまうこと)させないように慎重に飲ませる時間は、永遠のように長く感じたものです。
痛感した「母猫」という存在の偉大さ
人工哺育をしていて一番感じるのは、「母猫には絶対に勝てない」ということです。
母猫は、24時間適切な温度で子猫を温め、好きな時に新鮮な母乳を与え、常に体を舐めて清潔に保ちます。私たち人間がどんなに高性能なヒーターを用意し、高級なミルクを適温で作っても、母猫の温もりと母乳の栄養価、そして免疫物質には叶いません。
夜中、数時間おきに起きてミルクを作りながら、「お母さん猫なら、これを寝ながらやっているんだなぁ……すごいなぁ」と、種を超えた母性の偉大さに畏敬の念を抱きました。
今、私自身が人間の親となり、娘が赤ちゃんの頃の夜間授乳を経験しましたが、あの時の「子猫育児」の経験が、少なからず私の母としての忍耐力を養ってくれたのかもしれません。
我が家で起きた奇跡|犬と猫の対照的な反応
子猫を自宅に連れ帰った時、先住ペットたちの反応もまた、忘れられない思い出の一つです。我が家には当時、少し大きめの雑種犬と、少し気難しい猫がいました。この二匹の反応が真逆で、非常に興味深いものでした。

排泄のお世話を手伝ってくれた愛犬
生後間もない子猫は、自力で排泄(おしっこやうんち)ができません。母猫が陰部を舐めて刺激することで、反射的に排泄する仕組みになっています。そのため、私たち人間が育児をする場合は、湿らせたティッシュやコットンでトントンと優しく刺激をしてあげる必要があります。
ある夜、私が子猫にミルクをあげ終え、排泄をさせようとしていた時のことです。
横で心配そうに見ていた愛犬が、そっと近づいてきました。そして、私の手元にある子猫のお尻を、なんとペロペロと優しく舐め始めたのです。
「えっ!?」
驚いて見ていると、子猫は気持ちよさそうに排泄をしました。愛犬は嫌がる素振りもなく、まるで本当の母親のように丁寧に世話をしてくれたのです。
犬種にもよりますが、犬は群れで生活する動物であり、自分より小さな弱いものを守ろうとする本能が強いと言われます。それにしても、種を超えて「排泄の世話」という最も本能的な育児行動をとってくれたことには、動物看護師としても、飼い主としても感動しました。
それ以来、私がミルクの準備をしている間、愛犬が子猫の体を舐めて保温とマッサージを担当してくれるという、見事な連携プレーが生まれました。あの時の愛犬の優しい眼差しは、今でも忘れられません。
一方、我が家の猫たちは……
そんな献身的な愛犬に対し、我が家の飼い猫達(先住猫)はどうだったかというと……。
子猫の鳴き声が聞こえた瞬間から、部屋の隅へ猛ダッシュ。家具の影に隠れて「シャーッ!フーッ!」と威嚇の嵐でした。
「いやいや、あなたも元は野良猫でしょう?同族でしょう?」
そう苦笑いしてしまいましたが、猫は単独行動を好む動物であり、縄張り意識が非常に強い生き物です。自分のテリトリーによく分からない「鳴く物体」が侵入してきたことは、彼にとって恐怖でしかなかったのでしょう。
・献身的に育児を手伝う、種族の違う犬
・ビビり倒して近寄ろうともしない、同じ種族の猫
このコントのような対比は、大変なミルクボランティア生活の中での、クスッと笑える癒やしの時間でした。動物にもそれぞれ個性があり、役割があるのだと改めて教えられた出来事です。
【まとめ】
子猫のミルクボランティアは、睡眠時間も削られ、精神的にも体力的にもハードな経験でした。しかし、掌の中で懸命にミルクを吸う生命力や、日々少しずつ重くなっていく体重を感じる喜びは、何物にも代えがたい宝物です。
現在、小学2年生になった娘とテレビを見ながら「ママも昔、こうやって子猫を育てたんだよ」と話すと、娘は目を輝かせて聞いてくれます。そして「わんちゃんが手伝ってくれたの?すごいね!」と驚いていました。
もし、道端で子猫に出会ったり、保護活動に興味を持ったりした方がいれば、ぜひ「一人で抱え込まない」ことを覚えておいてください。動物病院やボランティア団体、そして時には我が家の愛犬のように、意外な助っ人が現れるかもしれません。
小さな命を繋ぐリレーは、大変だからこそ、温かい絆を生んでくれます。
あの時育てた子猫たちが、今はどこかの家庭で、誰かの大切な家族として幸せに暮らしていることを願いつつ、今日も我が家の娘とペットたちを全力で愛そうと思います。
※この記事は筆者の実体験に基づいています。子猫の保護や飼育に関しては、必ずかかりつけの獣医師の指導を仰ぎ、その子の健康状態に合わせた適切なケアを行ってください。
また、子猫用ミルクは必ず「子猫用」を使用し、人間用の牛乳は下痢の原因となるため与えないでください。

次は、今回のエピソードにも登場した「先住猫と新入り子猫の正しい対面ステップ」について、実際のエピソードを交えてお伝したいと思います。


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